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柱上行者シメオン (1)

柱上行者シメオン

シメオンは、4世紀末ごろキリキア(現在のトルコ共和国)に生まれ、修道士となって、過酷な修行を自らに課した人です。小さな庵を結んで隠遁し、四旬節には食物を一切口にしなかったにもかかわらず、生きて人々の前に再び姿を現したために、奇跡とうたわれました。修行のため、直立の姿勢でひたすら限界まで立ち続けたとも伝えられます。

シメオンの祈りと助言を求めて、多くの人々が絶えず彼のもとを訪れました。日々の修練を重ねるのに支障をきたすほど、あまりにも多くの人々が押しかけたために、シメオンはある時、柱の上に上がることを思いつきました。当初、柱の高さは3メートル足らずでしたが、シメオンはより高い柱へと場所を移し、とうとう柱の高さは16メートルに達するほどになりました。食物と水を縄で柱の上まで引っ張り上げ、夏の暑さにも冬の寒さにも耐えながら、時に両腕を十字架の形に広げた姿勢で立ち続け、柱上の修行を続けたのです。

シメオンは柱の上から数々の奇跡を起こし、柱の下に詰めかけた信者たちは、シメオンの説教に耳を傾けました。シメオンは病におかされた時にも柱を降りようとはせず、亡くなるその日まで37年間、柱上で過ごしたと伝えられます。その柱の一部が、数年前までアレッポ近郊のカラート・セマンに残されていましたが、2016年の爆撃により跡形もなく砕け散りました。

キリスト教が伝わる以前から、高い柱は、異教の神々の像を据えるための台座として用いられていました。イコンに描かれた柱には、上へと続く内階段が設けられ、柱というよりはむしろ塔のようにも見えます。柱の上には、欄干つきのバルコニーが据えられ、簡易な作りの覆いが取りつけられています。バルコニーの下を見ると、何やらクッションのような形の物が見えますが、これは雲の描写です。つまり、柱が雲の上にそびえるほど高く、シメオンが雲を突き抜けて天に近いところに届かんとする存在であることを表しているのです。

天に届かんとする塔といえば、レンガとアスファルトで積み上げられたバベルの塔が思い浮かびますが、もちろんシメオンの柱は、バベルのような傲慢によって建てられたものではなく、雲と一体化したシメオンの柱は、モーセとイスラエルの民を導いた雲の柱を想起させます。あるいは、天上の神の都に建てられる神殿の柱(黙示録3:12)を、地上で先取りするものと言えるかもしれません。

周囲には、シメオンの生涯が描かれています。自らを岩に縛りつけるシメオン、蛇とともに井戸の中に住まうシメオン、そして数々の奇跡によって柱の上から人々を癒すシメオン。下段には、亡くなったシメオンの遺体が柱から降ろされて、アンティオキアの教会へと運ばれるようすが描かれ、シメオンの数奇な生涯をたどることができます。周囲の場面に柱が繰り返し描かれたのは、シメオンが生きながらにして、天と地を結ぶ柱となったことを示そうとするものだったかもしれません。

(瀧口 美香)

使用画像:Public Domain (Wikimediaより引用:File:1550-75 Symeon Stylites anagoria.JPG)
▼筆者:瀧口 美香(たきぐち・みか)
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